気が利く人
「気が利く人」というのは、
皆から ありがたがられる
ある意味「価値が高い人」のことを言うと思うが
今日、考えてみたいことは
この「気が利く」ということについて.
たとえば、
「気が利く」というのは、
どのような価値のことを言うのだろうか?
あるいは、どう 頑張れば、
「気が利くようなこと」が出来たり
「気が利く人になれる」のだろうか?
(…というのが 今日のテーマ)
「量」じゃない
人が「高い価値のサービスをしよう」と思ったら
まず考えられるのは
「量や程度を増やす」ことかも知れない.
たとえば、単純に 売り物の量を増やしたり
沢山 遊べる、沢山 見れる
沢山働いてあげる…というような、価値の上げ方
こういうのは、やろうと思えば
誰だって出来ることだ.
でもこれは、もちろん
「気が利く」という価値の上げ方とは全然違う
気が利く人というのは
別に、人の何倍も働く…というのとは
違うわけで.
「珍しさ」でも無い
あるいは
「他の人が しないような独自性の高い、
あるいは 物珍しい価値の提供」みたいな
珍しさによる差別化
サービスの価値を上げるような
戦略というのもあるけれど
これも「気が利く」というのとは違う.
気が利く人は
別に、物珍しい、珍妙なことを
しているわけでは無い.
「応え」でも無い
あるいは
「相手が望むことを、何でもしてあげる」
というのとも違う.
…というか、気が利く人というのは
「当人も 気がついていない望み」を
見つけ出して、
当人が それを望むよりも前に
かなえて見せることができるからこそ
ある種の「感動」がうまれたりもするわけで
「望まれて」からでは、遅いのだ
「気が利く」能力
以上のように考えてみると…
「気が利く」というのは
単に「頑張る、無理する、努力する」
ということで、出来ることでは無くて
それは クリエイティブな「能力」
であると分かるはず.
つまり、「気を利かせる」とは、
相手自身が気がついてもいない
「不満」や「要望」に
相手よりも早く 気がついて
これを解消してみせる
…という「ワザ」のことを言うと思う
観察力
それに必要なのは、
努力や 頑張り、無理…では無くて
ある種の「観察力、洞察力、センス」である
ネタは、あちこちを見たら
見つかるのでは無くて
相手や、周囲をとりまく環境や事情を
「よく観察すること」で、見つかったりする
そして、見つかったら
それに 応えてあげるだけで
別に、コストやパワーをかけて
過剰にサービスしたり 安売りしたり、
物珍しさや派手さで目立たなくても
そして、
(何か)世界一のワザなんて全然無くても、
感動的なほどの価値を与えることができるのだ
ニッチ
このことは、
いわゆる「ニッチ」という言葉と似ている.
つまり、たまに「ニッチな市場を狙う」みたいな
商売の話題って、あるけれど
これも別に
他者よりも 何倍も頑張ったり
超高品質を提供したり…というのとは違って
単に「まだ誰も気がついて無いことに応える」
ということなわけで.
その「他人がしてないこと」は
別に「物珍しい」という方向性では無くて
その「需要」は、以前から日常の中にあったが
「見過ごされてた、見逃されていた」こと
に過ぎず、
これに 気がつくのが、価値であったということ
創作における「気の利かせよう」
もちろん、このことは「創作」にも言える.
創作でも、すごく頑張って分量や質を高めたり
あるいは、物珍さや派手さで価値を出すことは
普通に 行われてはいるが
そうした価値の出し方、上げ方では無くて
「皆が普段見過ごしている、軽視している何か」
に、いちはやく気がついて
「こういう面白さもあるのでは?」と
提唱するような品にこそ
クリエイティブな価値って、あるかと思う